今日の記事は自己肯定感の高低について触れますが、決して「低い方が良い」「高いほうがダメ」というようにどちらかを否定する意図はありません。ただ、「常に高くないといけない」と思う必要はないという私なりの考えですので、どうか誤解なきようにご覧ください!

自己肯定感が低いことがよくないと取り沙汰されるようになったのは、ここ最近のことです。どんなふうに子育てすると低くなるとか、育児をしていると嫌でもどこかで目にするので、私はなんとなく「自己肯定感が低い=悪い、不幸になる」というネガティブイメージを持ってしまっていました。実際そういう側面もあるのでしょうが、決して悪いことだけではなく、かえって何かひとつのことを突き詰めようとする(オーボエの演奏とか)ときに役立ってくれると感じるようになったので、今日は「自己肯定感」について私なりの考えを記事にしてみたいと思います。

自己肯定感が高い=良いこと だけではないのでは?

ここ20年くらいの間で、「叱らない育児」が流行ったと思います。この育児方法のメリットとして、「自己肯定感を高める」効果もあるのだそうです。叱らない育児以外にもいろいろありますが、世の中全体として育児法のトレンドが自己肯定感を高める方向にシフトしているように思います。それによって成長したであろう子どもたちとレッスンで関わるようになって、ひと昔前とはちょっと違うものを感じるようになりました。

自分の演奏を振り返って、どう思う?

と私が聞いたとすると、自己肯定感が高い子は

〇〇がうまくできた!◼︎◼︎もうまくいった!

といった形で、プラスの部分をバンバン発言することができます。これはすごいこと!人生で考えたら幸福度が上がる素晴らしい考え方で、どうかこの純粋な心を大人になっても大切にしてほしいなぁと思います。

しかしその考えだけでオールOK!というわけでもなく、プラスのほうに目がいきすぎるのは、それはそれで現状で満足してしまうので、「もっとこうしたい」「ここがうまくなりたい」というマイナスから生まれる向上心や意欲は、どこか薄れてしまうような気もしてしまうのです。

自己肯定感は、無理に上げなくて良いと思う

現代にも受け継がれる作曲家たちは、心に抱えたたくさんのフラストレーションをエネルギーとして名曲を生み出したのではないかと思います。その人生が幸せだったかどうかは別として、何か芸事を極めようとしたり、世に残る作品を作りたいと思うのなら、満たされていないほうが良かったりします。自己肯定感は幼少期にある程度培われてしまうので大人になったらどうしようもない部分もありますから、自己肯定感が低いことをコンプレックスに感じてしまう方も、「そっか、ちょっとメリットもあるのかな」と捉えて受け入れてあげても良いのではないかと思います。

自己肯定感の高低は陰陽のようなものだと考えるようになった私です。オーボエを演奏していると自分の心とも向き合うので、このような深いところにも気付かされますが、一つずつ受け止めていきたいですね。